27時の独り言

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ファンレターについての仄かな後悔

前の記事を引きづって、優しい言葉は必ずしも相手の心に寄り添えるわけじゃないんだなあという話。

※いつも以上に酔っている自覚があります

 

 

 

元々私は、客が店を育てる、とかファンがタレントを教育してやるという類いの考えに懐疑的で、むしろ、事務所とマネージャーの管理とは別の種の応援をすることがファンの正しい在り方だと思っていて。その考え自体は今でも変わった訳じゃないのだけど。

 


だけど、そのことで最近ジワジワと後悔していることを告白したい。

 

 

 

1、2年前、ある声優にハマった私は柄にもなくファンレターを書こうと思った。

 


ファンレターなんて初めてで、何か失礼があっちゃいけないと思って、色々と検索したりして、

それで調べたことと自分の価値観も合わせて、私はその人に対して、指示や説教をしないこと、手放しの尊敬と応援の気持ちを伝えることを強く意識して手紙を書いた。

 


自分が失敗したかもと気付いたのは、その後の彼の言動に、彼の自身の将来や成長について強い覚悟のようなものを感じるようになったから。

 


思い返せば、彼は過去自分のファンは優しいといった旨の発言をしていて、それは感謝とか恐縮とかではなく無意識のSOS的なものだったのかと考えるとストンと理解できた。

 


私が書いた「優しい言葉」は彼を励ますどころか追い詰めるだけの自己満足だったのだろうと今ではほとんど確信している。

もちろん、私の手紙なんて他の大量のうちの一通で、似たようなそれらの蓄積があってこそだとは思うけれど。

 

 

 

知り合いでもなんでもない相手にこんなこと、全く持って痛いだけと承知の上で言うと、自分と彼は人間的に圧倒的に相性が悪かったのだと思う。

 

というのも、よくよく似てるから。

 

単に通ってきた作品がよく被っているということに始まって、何なら星座も血液型も同じだったりしたけど、

 

何より自己肯定感の低いところ。

 

考えてみれば至極当然ではあるけれど、自己肯定感の低い人× 自己肯定感の低い人というのはとにかく相性が良くない。だってお互い叱ってくれたり甘えさせてくれる相手の方が楽なんだから。

 


そんな自明なことに手紙を書く前になぜ気付けなかったのか。

 


純粋に彼を応援したかったあの時の自分の気持ちを疑うことはないけれど、善意だからなおタチが悪かった気がする。自己満足で彼を追い詰めてしまった。覚悟を決めさせてしまった。

 

 

 

全くただの妄想かもしれない。

プロをみくびりすぎか。

それならそれでいい